
はじまり
アメリカ合衆国政府の秘密情報機関に勤める青年ダニエルは、地球外生命体を捕獲、拷問、そしてその技術を盗用してきた政府の記録映像を発見し、その秘密を世界人類に明かそうと盗み出すが、そのせいでガールフレンドの身も危険にさらされる。
ミタメモ
言われているほど悪くはないと思ったよーーー! いいとこたくさんあるよーーー!
と、言いたい。
なにより、同監督作品・未知との遭遇(1977)から50年経とうとする今、地球外文明との遭遇がもういちど、現代の視点からどう描かれたのか、ということだけでも、年寄りとしては興味が持てました。
だけどたしかに、なんとも、まとまっていない感が高い。いい要素はたくさんちりばめられているし、みていて退屈はしないのに。
こういう盛沢山かつ主人公がエモい作品こそ、映画学校や、私がアニメ会社のみなさんとやっているシナリオプロデュースセミナーなどで扱う、教科書的なテクニック論を使った力技で、脚本をだれかにまとめてほしかったところなのですが。
でも、そろそろ監督もご高齢ですし、「あと何本とれるかな」という段階になってきているにちがいない。そうなると、視聴者目線を気にしてまとめるなんてことよりもまずは、ほとばしる脳内ビジョンをフィルムにできるだけ再現性高く焼き付けることのほうが重要になってくるのでしょうか……。周囲も、制止しにくいだろうし……。
その結果なのか、つい手くせで作り足してしまったふうなアクションシーンとか、80年代風コメディっぽい要素とか、そこかしこに、素直に作りたいものを気取らず作ってる感のある数分が仕込まれている。
青春時代からずっとスピちゃん(と、十代のころスピルバーグ監督のことを心の中で呼んでいた)の作品とともに歳を取ってきた身としては、とても愛しい作品でした。
それに、そういった、娯楽映画界の巨匠の「あと何本とれるかな」ステージにおける作品としては、(たとえば『乱』以降の黒澤作品とか宮崎監督の『ポニョ』とか鈴木清純監督の『オペレッタ狸御殿』とかにくらべれば)わかりやすくまとまっているほうなのではと思ったりもしました。さすがの自制心、と言えるのかもしれない。
うんちく
しょっぱなから気になったのは、主人公の動機に共感しにくいこと。映画学校で習う「明確な原始的欲望を持つように」とか完璧に無視して「世界にこの真実を明かさなければならない」という倫理観のみで大冒険を始めていて、頭ではわかりやすいけど、感情的にはわかりにくい。
でも、やっぱりそれじゃあんまりだと思ったみたいで、その冒険によってガールフレンドが危険にさらされてしまったという要素が冒頭で明かされ、彼女を助けたいという主人公の想い—恋愛要素(原始的欲望!)が前半を引っ張るようにできている。だけど、それもちゅうぶらりんになる。残念。しかし、それでもキャラクターたちは好感度が高く、感情移入できるエピソードが並んでいるので、退屈しないでみられる。さすがスピルバーグ監督作品。
それでも全体でみると、どのキャラクターもゴールの切り替わりの流れがはっきりせず「なにがしたかったんだっけ」になる。いや、それも設定されているんだけれど、ちょっとたどりつくところが倫理的に高尚すぎて弱いのかもしれない……。
でもその、ふだんなら倫理的に高尚すぎるような目的が、原始的欲望を凌駕するほどに強いドライブ力で人の行動を決めることがあるのだ、とスンナリきた瞬間、『未知との遭遇』は感動するのである。そこに我々は、人類の明るい未来の可能性を見出すのである。
だからして、この映画もそうあってほしいし、そこに近いんだけど、まとまってないぶん、ドライブ感が弱まってしまっているような気がして、なんだかそこが残念。よし次だ、次。スピちゃん、もう一本、こういうの撮ってくださいお願いします。きっとまたチケット買って劇場で観ますから。
どんだけ
2時間25分。ちょっと長いと感じる。
どうみた
ニューヨーク市内の劇場 Regal Union Square
